乾 久子「線-集積するものへ」 / Hisako Inui "Linien - Verdichtungen"
世界をおおう表皮の断片
乾久子は大学、大学院で美術史を学び、パウル・クレーを研究した。その頃、熱心にドイツ語を学ぶ。卒業後、高校の美術教師となる。本格的に作家として発表をはじめたのは二十代後半からである。最初の発表は1987年であり、その頃は石塑粘土によるオブジェを制作している*1。1997年から99年にかけての作品、1.5メートルをこえるアクリルによる平面作品群をみると、内臓を思わせる形態が渦巻く線によって表現されている。*2それらの作品は内部に閉じ込めていた自己のエネルギーを一気に噴出させたような勢いと熱を帯びていた。
1999年から作品はトーンを変え、線描作品はインスタレーションとして意識されていく。繊細な線、蠢く線がトレーシングペーパーの上に描き出される。*3ブルー、黒、ホワイトといった単色で描かれたその線は、絶えず外界に反応する神経系統、もしくは触角を連想させ、見るものの感情をも刺激する。まるで捉えどころのない不安定な生そのものであるかのように。乾は、描画された小さな紙を、棚に置いたり、本という形で提示したり*4、透明なケースの中に閉じ込める*5。そして特定の空間にそれらを配置するという仕事を展開している。時には文字がその中に加わる。メルヒェンへの関心が美術制作と並行して続いており、伝承文学のフレーズが作品の中に取り入れられることもある。
十年間を通して、作品の変化の過程は、外界から守られた内なるものから、表皮、表層、外界へと作者の関心が移行していく様を辿ることができる。半透明な紙や白い紙の上に描かれた白い線は、物質感を失い、いまにも揮発しそうである。その一方で黒い線は、逆にあくまでもこの世界に留まらせようと、黒い背景の中に閉じ込められ、物質感を放つ。いずれにせよ、外部と内部での境目で発生する出来事である。乾は最近の作品を、「断片」とか「かけら」と呼んでいる。「断片」は小さな紙に描かれたドローイングそのものであるが、世界を覆うものの断片ともみることができる。我々の世界は微細なものの集積であるのだから。微細なもののスケールを測る物差しは、自らの身体であろう。ドローイングにしてもそうだが、作品からは、どこまでも自分という単位を手がかりにして世界を再構築したいという意思が感じ取れる。だから断片は、ひとつひとつは小さく、はかなげであっても、それぞれがこの世界を構成する要素として、ささやかな存在を主張し始めるのである。
池本朱希(いけもと・あき/アートコーディネーター)
*1

ミクストメディア
1987
*2

NAMIDA
- the power of the image
アクリル、綿キャンバス
1940 x 1303mm
1997
*3

Untitled
インク、グラファイト、
合成紙
420 x 594mm
2000
*4

Untitled
トレーシングペーパー、
水性クレヨン
2003
*5

Untitled
トレーシングペーパー、
寒冷紗、水性クレヨン
2003

<< Contents Top
©2005 Hisako Inui + empty colours All rigthts reserved.